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最高裁判所第二小法廷 昭和45年(オ)126号 判決

主文

理由

上告代理人関根栄郷の上告理由について。

原審の確定するところによれば、被上告人は、昭和四三年三月五日、同人の訴外有限会社山崎鉄工所(以下単に「訴外会社」という。)に対して有する額面二五万円の約束手形の手形金請求権を被保全権利とし、同会社が上告金庫に対して有する債権すなわち、訴外会社が右約束手形の不渡処分を免れるため社団法人東京銀行協会に提供する目的で上告金庫に預託した預託金二五万円の返還請求権につき東京地方裁判所に対し仮差押の申請をなし、同月六日その旨の決定をえ、右決定は翌七日上告金庫に送達された。そして、被上告人は、訴外会社を相手方として前記の約束手形金請求の訴を提起し、「訴外会社は被上告人に対し金二五万円およびこれに対する昭和四三年三月二日以降右金員完済まで年六分の割合による金員を支払わなければならない。」とする旨の仮執行宣言付判決をえ、さらに右判決に基づき東京地方裁判所に対し訴外会社が上告金庫に対して有する本件預託金返還請求権の差押、転付命令の申請をなしその旨の命令をえ、右命令は、同年四月二六日上告金庫に送達されたとしながら、上告金庫主張の相殺の抗弁に対しては、債権者が債務者の第三債務者に対する債権を差し押えた場合において、第三債務者が差押前に取得した債務者に対する債権の弁済期が差押時より後であるが、被差押債権の弁済期より前に到来する関係にあるときは、第三債務者は右両債権の差押後の相殺をもつて差押債権者に対抗することができるが、右両債権の弁済期の前後が逆であるときは、第三債務者は右相殺をもつて差押債権者に対抗できないものと解すべきであり、右の場合に債務者と第三債務者との間に結ばれた相殺の予約は、前記のとおり相殺をもつて差押債権者に対抗できる場合にかぎつて差押債権者に対して有効であるとの見解のもとに、すすんで、次のとおり判断した。すなわち、上告金庫は訴外会社との間に昭和三七年一〇月三一日付取引約定書に基づき、昭和四三年一月三一日金二〇〇万円を貸与し、その弁済方法として、同年二月二九日を第一回として以後毎月末日かぎり一〇万円宛月賦で返済し、その最終期を昭和四四年九月三〇日とする旨約し、上告金庫は右貸付金の弁済として、昭和四三年二月二九日および同年四月一日に各金一〇万円の支払を受けた。一方、訴外会社が上告金庫に対して有する前記預託金返還請求権については、その提供金二五万円は、右訴外会社が銀行取引停止処分をうけたため、昭和四三年四月二三日社団法人東京銀行協会から上告金庫に返還されたから、上告金庫の右訴外会社に対する預託金返還債務の履行期は右同日到来したものであるとし、右弁済期は、前記貸付金の次の月賦金の弁済期たる同月末日より前に到来する関係にあるから、このような場合には、上告金庫は、右貸付金債権を自働債権とし預託金返還請求権を受働債権としてする相殺をもつては、差押債権者たる被上告人に対抗しえないとするものである。

しかし、債権が差し押えられた場合において、差押前から債務者に対して反対債権を有していた第三債務者は、自働債権および受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押後においても、右反対債権を自働債権として相殺をなしうるものと解しうる(最高裁判所昭和三九年(オ)第一五五号、同四五年六月二四日大法廷判決参照)のであるから、自働債権たる上告金庫の訴外会社に対する前示貸付金債権と受働債権たる訴外会社の上告金庫に対する預託金返還請求権との弁済期の前後は、上告金庫のなした相殺の予約完結権行使の意思表示の効果に影響を及ぼすものではない。しかるに、これと異なる見解に立つて上告金庫の相殺の抗弁を排斥した原審の判断は、民法五一一条の解釈適用を誤るものであり、原判決は破棄を免れない。そして、上告金庫主張の相殺の予約完結権行使の有無についてさらに審理せしめるべく、本件を原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条に則り、裁判官色川幸太郎の意見、同城戸芳彦の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官色川幸太郎の意見は、次のとおりである。

私は、本判決の結論には賛成するものであるが、多数意見とは理由を異にするので、この点の意見を付加しておきたい。

私は、債権者が債務者の第三債務者に対する債権を差し押えた場合において、第三債務者が差押前に取得した債務者に対する債権の弁済期が被差押債権の弁済期より後に到来するときは、第三債務者は右債権を自働債権とし被差押債権を受働債権とする相殺をもつては差押債権者に対抗できない、と考えるものである。しかし、本件においては、上告金庫が訴外会社との間に昭和三七年一〇月三一日付で締結された前示取引契約について、訴外会社に対し仮差押、仮処分の申立があつたときは、訴外会社の上告金庫に対し負担する一切の債務につき訴外会社は期限の利益を失う旨の合意がなされていた、というのが原審において上告金庫が主張するところであり、被上告人もこの事実を認めている。ところで、このような合意が、訴外会社の本件預託金返還請求権を差し押えた被上告人に対する関係においては効力がない、とする理由は何らないのである。しかして、上告金庫が訴外会社との間に締結した前示取引約定に基づき、昭和四三年一月三一日訴外会社に貸し付けた金二〇〇万円の貸付金については、訴外会社に対し被上告人より仮差押の申立がなされた昭和四三年三月五日にその期限の利益を失い弁済期が到来したものと解すべきであるから、自働債権たる上告金庫の訴外会社に対する前示貸付金債権の弁済期が、受働債権たる訴外会社の上告金庫に対する預託金返還請求権の弁済期よりも先に到来することになる。したがつて、このような場合には、第三債務者たる上告金庫のなした相殺をもつて差押債権者たる被上告人に対抗することができるものと解すべきである。しかるに、これと異なる見解に立つて上告金庫の相殺の抗弁を排斥した原審の判断は、民法五一一条の解釈適用を誤るものであり、原判決は破棄を免れない。

裁判官城戸芳彦の反対意見は、次のとおりである。

私は、多数意見と見解を異にし、原判決の判断は正当であり、本件上告は理由なく、これを棄却すべきものと考える。

すなわち、債権者が債務者の第三債務者に対する債権を差し押えた場合において、第三債務者が差押前に取得した債務者に対する債権の弁済期が差押時より後であるが、被差押債権の弁済期より前に到来する関係にあるときは、第三債務者は右両債権の差押後の相殺をもつて差押債権者に対抗することができるが、右両債権の弁済期の前後が逆であるときは、第三債務者は、右相殺をもつて差押債権者に対抗することができないものと解すべきであり、また、右の場合に、自働債権に関する契約に付されたいわゆる相殺予約ないしは期限の利益喪失約款も、前記のとおり相殺をもつて差押債権者に対抗することができる場合にかぎつて差押債権者に対しても有効であるにすぎないことは、当裁判所昭和三九年(オ)第一五五号、同四五年六月二四日言渡大法廷判決における私の反対意見に述べたとおりであるから、ここに右判決中の当該部分を引用する。そうだとすれば、原審の確定した事実によれば、上告金庫主張の相殺をもつても差押債権者である被上告人にはこれを対抗することができないとした原審の判断は正当であり、原判決には所論の違法はない。よつて、本件上告は、これを棄却すべきものと考える。

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